ニュースコラム

原子レベルの機構へと突入
グローカル経済2026年4月

原子レベルの機構へと突入

スマートフォンや自動車など現代社会を支える電子機器には、極めて微細な回路を刻んだ半導体チップが欠かせません。そのチップを作るエッチング装置の内部では、材料をめぐる大きな変化が起きています。 エッチングとは、高エネルギー状態のガス「プラズマ」を使ってシリコンなどを削り、回路パターンを形成する工程です。装置内部の部品はプラズマや化学薬品に長時間さらされ続けます。現在では「3ナノメートル(3nm)」という原子数個分の幅しかない回路の量産が進んでおり、装置内部のわずかな不純物や粒子が製品の欠陥に直結するため、材料への要求水準は年々厳しくなっています。 かつては「丈夫で長持ちするか」「加工しやすいか」という観点で材料が選ばれていました。しかし今や、材料がプラズマの中でどのように変化し、どのような経路で劣化が進むのかを「原子スケール」で理解しなければ、次世代装置が求める性能には届かない時代になっています。 ——「なぜ劣化するか」を原子の目で こうした背景から注目されているのが、原子レベルのシミュレーション技術です。従来の材料開発は候補材料を実際に試験する方法が主流でしたが、先端ノードの開発スピードには追いつきにくくなっています。そこでコンピューターで材料の原子スケールの振る舞いを計算・予測するシミュレーションが開発現場に入り込んできました。 このシミュレーションが明らかにするのは、プラズマや化学薬品にさらされたとき、表面でどんな反応が起き、どこに欠陥が生まれ、その欠陥がどう広がるかという「動的な変化の過程」です。例えば、ある材料では欠陥が内部へと広がり全体が劣化します。別の材料では変化が表面にとどまり、早く安定した状態に落ち着きます。こうした原子スケールの差が、最終的に装置全体の安定性と製品の品質を左右します。 プラズマ接触材料の変遷もこれを示しています。かつての主流「酸化アルミニウム(Al₂O₃)」から「酸化イットリウム(Y₂O₃)」などの希土類酸化物へ、さらに「YAG(イットリウム・アルミニウム・ガーネット)」などより安定性の高い体系への移行が進んでいます。この材料進化を後押ししているのが、原子レベルシミュレーションによる機構理解にほかなりません。 ——「理解してから作る」時代へ 米国の半導体製造装置大手ラム・リサーチと日本の物質・材料研究機構(NIMS)の共同研究チームは、プラズマ接触材料の機構研究を継続的に進めています。東北大学の陳茜博士は、希土類酸化物材料がプラズマ・化学環境下でどのように欠陥を生じ構造が変化するかについて理論シミュレーション研究を担っています。材料表面を「反応界面」として捉え、原子の動き・再配列・欠陥形成を計算することで、材料ごとの安定性の差異とその根本原因が明らかになります。 装置メーカーにとって、このシミュレーションは現象の説明にとどまらず、次世代部品にどの材料を採用すべきかを示す指針となります。シミュレーション、材料製造、装置内での実証という三者が連携を強め、材料開発は「まず試して理解する」から「先に理解してから作る」へと変わりつつあります。半導体製造を支える材料の世界は今、原子の振る舞いを読み解くことで次のステージへと歩み始めています。 (この連載は横浜のTNPパートナーズが協力しています)

材料が装置を定義する——材料の役割の変化
グローカル経済2026年4月

材料が装置を定義する——材料の役割の変化

チップの微細化が進むにつれ、装置の限界は構造よりも材料に依存するようになっています。材料の役割は「設計を支える存在」から「性能の上限を決める存在」へ——その転換が、いま静かに進んでいます。 半導体装置における材料の役割は、段階的に進化してきました。具体的に説明します。 ——【第一段階:構造が主役】 当初、装置性能の向上は主に構造設計によって実現されてきました。既存材料の能力を前提に、光学配置や機械構造を改良することで性能を引き上げる。この段階では、材料はあくまで設計を支える存在でした。 ——【第二段階:材料が鍵になる(現在)】 構造の最適化が限界に近づくと、状況は変わります。焦点は材料へ移ります。純度の向上、安定性の改善、内部構造や界面の最適化——材料そのものが性能を左右する時代です。現在の半導体装置開発は、この段階にあります。 ——【第三段階:材料が設計を牽引する】 この動きはすでに始まっています。極端紫外線リソグラフィ(EUV)がその例です。 EUVは、波長13.5 nm(ナノメートル)の光を使って回路を描く技術です。この波長が選ばれた理由は、単純な技術的要求だけではありません。Mo(モリブデン)とSi(シリコン)を交互に積み重ねた多層反射鏡が、ちょうどこの波長の光を効率よく反射できる——それが、13.5 nmという数字を決めた大きな理由のひとつです。「この材料で実現できる波長」が、技術的方向性を決めたのです。 では将来、さらに短い波長へ進もうとすれば何が必要か。答えは、新しい「多層反射鏡材料」の開発です。どれだけ装置の設計を工夫しても、反射鏡材料がその波長に対応できなければ前に進めません。材料が実現して初めて、装置の設計が動き出す。ここでは材料が、設計の出発点になっています。 ——【第四段階:材料が機能そのものになる】 材料が設計を牽引(けんいん)するだけでなく、装置の中核機能を直接担う段階も見えてきました。 並列電子ビーム装置を例に考えます。この装置は、多数の電子ビームを同時に使って回路パターンを描くものです。従来は、細かな孔(あな)を並べたアレイ(微小孔アレイ)にビームを通すことで、1本の電子ビームを多数に分割してきました。しかしこの方法では、電子の多くが孔の縁に当たって失われてしまい、効率が上がりません。構造も複雑になります。 そこで別の発想が生まれています。結晶薄膜の内部に規則的な構造を作り込み、電子がその薄膜を通過するだけで自動的に方向を変え、一点に集まるようにする方法です。特別な光学部品を使うのではなく、材料そのもので電子ビームを制御する。材料が「レンズ」の役割を果たすイメージです。 Lam ResearchとNIMSの共同研究では、プロジェクト責任者の達博がこの結晶薄膜による電子ビーム集束の研究を進めています(図)。この材料モジュールが安定して量産できるようになれば、装置の構造はよりシンプルになり、制御の精度も上がります。 構造主導から材料主導へ。そして材料が設計を牽引し、機能そのものを担う段階へ。装置進化の軸は、確実に移っています。 材料がシステムの一部として組み込まれると、材料のわずかな改良が量産ラインを通じて何度も積み重なり、大きな差になって現れます。将来の装置性能は、構造設計の巧みさだけでなく、材料がどこまで実現できるかによって決まる。そういう時代に入っています。

トランジスタからキーマテリアルへ
グローカル経済2026年3月

トランジスタからキーマテリアルへ

半導体の製造技術は、今や原子レベルの世界に突入しています。それに伴い、開発の焦点も変わってきました。以前はトランジスタの設計が主役でしたが、現在は「重要材料(キーマテリアル)」が主役です。これは製造装置の中で高温・高真空・強い電場にさらされながらも、長期間安定して働く素材のことです。この材料の良し悪しが、半導体の性能を大きく左右するようになっています。 ——針先に手を入れる 原子レベルの製造技術を生かすには、まず材料の「どこが性能の決め手か」を見つける必要があります。実は、性能を左右するのは、ごく少数の原子が特別な役割を担う「キーサイト(重要部位)」と呼ばれる場所です。そのキーサイトを原子レベルで改良し、その効果を装置全体、さらには生産ライン全体の性能アップにつなげる。そんな発想が今、求められています。 その代表例が、検査・計測装置に使われる「冷陰極電界放出電子源」です。半導体工場では、ウェハー上の微細な線幅や欠陥を見つけるために電子ビームを使います。その性能は「電子源」、いわば電球のような部品の品質で決まります。 「冷陰极電界放出電子源」とは、単結晶でできた極細の針先に強い電場をかけ、先端から電子を引き出す仕組みです。明るく安定した電子ビームが得られるため、現在最も優れた技術とされています。 この分野では1970年代から志水隆一氏が先駆的な研究を行い、六ホウ化ランタン(LaB₆)などの材料で「冷陰極電界放出陰極」の開発に挑んできました。ここで重要なのは、電子ビームの明るさや安定性、寿命は、材料全体の平均的な性質ではなく、針先のわずか数個から数十個の原子配列で決まるということです。ほんの少しの原子の並び方の違いが、画像の鮮明さや計測精度に大きな差を生みます。 近年、原子レベル製造技術により、この針先を直接加工できるようになってきました。達博研究グループが牽引するLam Research-NIMS共同研究プロジェクトで、金属ホウ化物電子源を担当する張泰強博士は、原子を操作するツールを使った新しい手法を開発しています。具体的には、針先の表面を「作業台」とみなし、先端でランタン原子を一つずつ動かして積み上げ、設計どおりの形と大きさの原子の塊(クラスター)を組み立てる手法です。 ——電子源から歩留まりへ 電子源が安定し、明るくノイズの少ないビームが出せれば、検査・計測装置全体の性能が上がります。先端プロセスでは欠陥がどんどん小さく見えにくくなっていますが、それらを早く正確に見つければ、試行錯誤が減り、量産できる水準まで歩留まりを上げられます。少数の原子を整えることが、装置の性能向上、製造プロセスの改善、そして産業全体の進歩へとつながっていきます。冷陰極電界放出電子源は、原子レベル製造の価値をはっきり示す好例なのです。

達博博士、日立財団の研究報告会にて半導体電子ビーム装置向け重要材料の最新成果を発表
日立財団研究報告会2026年3月

達博博士、日立財団の研究報告会にて半導体電子ビーム装置向け重要材料の最新成果を発表

2026年3月2日に日立財団が開催した倉田奨励金研究報告会において、物質・材料研究機構(NIMS)の達博博士が研究発表を行いました。講演では、半導体電子ビーム装置に用いられる重要材料に関する最新の研究成果として、回転対称の配向構造を有する新しい結晶薄膜材料を紹介しました。また、この材料の電子ビーム集束、電子光学デバイス、ならびに次世代マイクロフォーカスX線源への応用可能性について説明し、先進的電子ビーム装置の発展に向けた新たな材料および物理的基盤を示しました。

「装置の材料」が微細化の鍵を握る時代
グローカル経済2026年2月

「装置の材料」が微細化の鍵を握る時代

生成AIの爆発的な普及を背景に、世界の半導体市場は2024年に6000億ド ルを突破しました。需要拡大とともに微細化競争も加速し、各社は「ナノメートルの 先」を見据えた技術開発にしのぎを削っています。こうした中、米国の半導体製造装 置メーカー大手、Lam Research(ラムリサーチ)が、日本の物質・材料研究機構 (NIMS)と「半導体装置用の高性能材料」で共同研究を始め、注目を集めています。 筆者は、Lam Research-NIMS共同 研究プロジェクト責任者を務めています。 その立場から、横浜を拠点とするTNP パートナーズの依頼を受け、本連載を執 筆しました。本稿では、こうした取り組みを 踏まえ、これからの時代において、なぜ改 めて「装置材料」が重要なのか、その背 景と意義を読み解いていきたいと思いま す。 ——微細化は「原子数個分」の世界に 半導体産業は数十年にわたり、回路を 小さくする「微細化」を進めてきました。 現在は3ナノメートル(nm、10億分の1メートル)、2 ナノメートルの量産が始まり、さらにその先へと 向かっています。次に目指すのは「オン グストローム(Å)」級。ナノメートルの10 分の1、原子数個分という極小の世界で す。 ここまで小さくなると、課題の性質が変 わります。研究室で新しい構造を作るこ とより、「量産ラインで安定して再現でき るか」が問われるようになるのです。 露光、エッチング、成膜、検査といった 半導体製造装置は微細加工の基盤です が、寸法が原子数個分まで縮むと、装置 の機械精度を高めるだけでは限界が見 えてきます。 ——突破の鍵は「装置材料」 この段階で重要になるのが、装置内部 で過酷な環境にさらされる「キーマテリ アル(重要材料)」です。露光装置の多 層反射ミラーや、エッチング装置内壁の コーティング材などがこれにあたります。 材料がわずかでも劣化すれば、装置 性能は維持できません。微細化の最初 の壁は「材料の性能上限」であることが 多いのです。だからこそ先端装置メー カーは、装置設計だけでなく材料研究を 重視し始めています。 では、材料の壁をどう超えるのか。注目 されているのが「原子レベル製造」です。 原子1個ずつの除去や追加を制御し、理 想的な配列に近づける技術ですが、現状 では加工面積が小さく処理速度も遅い ため、ウェハー(半導体の基板)製造に 直接使うのは現実的ではありません。 ——材料→装置→量産プロセス そこで、Lam ResearchとNIMSが選 んだのは、原子レベル製造を量産に直接 使うのではなく、「材料の段階で原子レベ ルの最適化を行う」というアプローチです。 改良した材料を既存装置に組み込め ば、装置性能が向上します。その効果は 量産ラインを通じて大規模に増幅されま す。「材料→装置→量産プロセス」へと 連鎖的に広がる仕組みです。 オングストローム級の製造が実現する かどうかは、量産ラインがその構造を長期 間安定して再現できるかにかかっていま す。その成否を左右するのが、半導体装 置とキーマテリアルの性能限界なのです。 次回以降では、具体的な材料や事例 を紹介しながら、原子レベル製造がどの ように製造プロセスを進化させていくの かを解説します。 (この連載は横浜のTNPパートナーズが協 力しています)

半導体製造装置にブレークスルー 世界初の結晶体で電子ビームを精密制御
地域経済情報2025年4月

半導体製造装置にブレークスルー 世界初の結晶体で電子ビームを精密制御

半導体は近年、“産業のコメ”のみならず、石油と並ぶ国際戦略物資としての色合いを強めている。これに伴い半導体の製造技術やそのサプライチェーンを維持・拡充する重要性も、かつてなく高まっている。こうした中、「神奈川県発日本版シリコンバレーの構築」を目標に掲げるTNPパートナーズ(横浜市港北区新横浜)は、半導体に関わるスタートアップや研究者たちへの支援活動を続けている。今回は、半導体回路の微細化に欠かせない電子ビーム装置の性能を飛躍的にアップさせる基礎技術を見いだし、ノーベル賞受賞の期待もかかる国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)の主任研究員を務める達博博士に、この革新的技術が半導体製造に与えるインパクトなどについて聞いた。 ——博士の研究分野を教えてください。 「私は大学時代、理論物理学を専 攻していました。2010年のことですが、 単結晶でも準結晶でもない“第3の結 晶構造”があるのではとのアイデアが生 まれました。しかし、それを実証するのは 当時の中国では難しく、材料研究の最 先端を走っていた物質・材料研究機構 (NIMS)に留学し、その後研究員となり ました」 「NIMSで発見した酸化インジウム薄 膜の『円柱対称回転結晶』は、従来の 結晶学の体系では説明ができないまっ たく新しい結晶構造をしており、この円柱 対称回転結晶のさらなる原理の解明と、 この結晶を使った半導体分野への応用 研究を進めているところです」 ——半導体分野ではどのような応用を考えているのですか。 「電子回路の微細化が進む半導体 チップを作るのに欠かせない電子ビーム 装置への応用です。現在、半導体チッ プ上に回路パターンを描く時に使われる 電子ビーム装置は、電子銃から放出した 電子を複数の電磁レンズを使って制御 し、チップの表面に焦点を合わせていま す。しかし、電磁レンズはかさばる上に磁 場の相互干渉を避けるため、ある程度間 隔を保って配置せざるを得ず、結果として 半導体露光装置は部屋1つ分に相当す るような巨大な機械になっています。また、 技術的にも電磁レンズを使った電子の精 密制御にも限界点が見えてきました」 「一方、私が発見した酸化インジウム 薄膜の円柱対称回転結晶には、電子に 作用するという特性がありました。そこ で、この性質をさまざまな分野に応用し ていく『電子回析光学』という領域を 立ち上げるとともに、電磁レンズを使わ ず、酸化インジウム薄膜という材料と電 子回析光学を組み合わせて電子を 制御できる新たな電子ビーム装置を 開発しようという方向になったのです」 ——実用化された場合、どのような インパクトがありますか。 「現在、オランダのASML社が製造 している極端紫外線(EUV)を使った世 界最先端のEUV露光装置以上の性能 が得られると考えています。電子ビームの 制御精度が飛躍的に向上するため、より 細密な回路パターンを描けるようになりま す」 「また半導体業界では生産効率をさら に上げるため、現在の単一電子ビーム露 光から並列電子ビーム露光(MEBL)へ の転換が有力なソリューションとして提唱 されていますが、このMEBLの実用化の 上でも、電子回析光学と電磁レンズレス 電子ビーム装置は最も重要なキーデバイ スになるものと想定しています。まずは電 子ビーム装置の回折レンズシステムを完 成させると同時に、電子回析光学の理論 フレームの構築を急いでいきます。この技 術は半導体製造分野にとどまらず、材料 分析や量子計算といった多岐にわたる分 野に応用できる可能性があります」 ——TNPパートナーズは長年、神奈川 を「日本のシリコンバレー」にしたいと 取り組んでいます。 「私の目標は、円柱対称回転結晶の 発見という科学的ブレークスルーを、世 界の科学技術と産業の発展に貢献さ せることです。この信念に基づいて、『材 料改変世界、我々創造材料(材料が世 界を変える、私たちが材料を創る)』とい うスローガンをNIMSに提唱したところ、 NIMSの公式プロモーションに採択されま した」 「電磁レンズを使わない電子ビーム装 置の開発を巡っては、最近、米の半導体 製造装置メーカーの経営幹部から直々 に接触がありました。これに比べると日本 のメーカーのスタンスは、皆、開発が出来 上がってからアプローチしてくるという印象 です。ぜひとも神奈川の会社には、横並 びではなく、リスクを取ってでも挑戦していく 姿勢を貫き、日本版シリコンバレーを実現 していってほしいと願っています」 横浜のTNPパートナーズがサポート